芦ノ湖は鎌倉時代の紀行文「東関紀行」によると「箱根の海」と呼ばれ、「芦の海」はその別称でした。湖の西岸にある山は地震などで起きた山崩れの際に地滑りが激しく、草木を地表に乗せたまま不気味に移動する。そこから芦ノ湖の名物「九頭竜伝説」と「逆さ杉」を生み出しました。毎年7月下旬から8月上旬に開催される「湖水まつり」では「九頭竜明神」に赤飯がささげられます。
地震による地滑りで木々が湖底に立ったまま枯れている「逆さ杉」は、鏡のような湖面に逆になって映し出されることからその名があります。
このように芦ノ湖にまつわる伝説は数多く語り継がれています。
奈良時代、芦ノ湖が万字池と呼ばれていた頃、池には九頭の毒龍がすみついており、生贄を求めていました。村人はその怒りを鎮めるために、屋根に「白羽の矢が立った」家の娘を泣く泣く生贄に捧げていました(本来「白羽の矢が立つ」とはこのような語源といわれています)。見るに見かねた箱根神社の祖、万巻上人は、九頭の龍を湖底に沈む「逆さ杉」に縛りつけ、法力を持って調伏させ、悔い改めさせました。改心した龍は龍神にその姿を変えたため、それを見た万巻上人は社を建て、龍神を祭り、芦ノ湖の守り神として崇められるようになったと言われています。 (箱根神社資料より)

奈良時代、芦ノ湖がまだ万字池と呼ばれていた時代、池には九頭の毒竜がすみついており、生贄を常に求めていた。
村人はその怒りを静めるために白矢が立った家の娘を生贄として捧げた。この毒竜は天平宝字元年(757)万巻上人によって調伏され、逆さ杉(湖底にある岩)に鎖でつないだという。

この伝承が元で九頭竜大明神が祭られた。「白羽の矢が立つ」とはこのように本来はこのような使われ方がされる言葉である。
改心後に竜神に変化しそれを見た万巻上人は九頭竜神社を設けて竜を祭ったという。それ以後人身御供ではなく赤飯が芦ノ湖に沈められる風習へと変わった。

湖水祭は、奈良朝の昔、万巻上人が九頭の毒龍を調伏し、湖の主・水の神として斎い鎮め奉り、龍神祭をはじめ給うた故事に倣い、毎夏執り行われる箱根神社伝統の水恩感謝の祭りです。
御供船に三升三合三勺の赤飯と神酒を積み湖にお供えをするのですが、その場所は宮司のみが知る秘事。代々の宮司に伝承される門外不出の神事です。
7月31日に行われる湖水まつりは、芦ノ湖の守護神、九頭龍明神の祭典。湖上に3000個もの灯ろうが浮かび神々しく幻想的な雰囲気の中で、夜空には鮮やかな花火が打上げられます。また花火前に行われる太鼓演奏で気分は最高潮に。元箱根沿いに夜店も並びます。まばゆい光と轟音に心も体も癒されます。
この時期は「芦ノ湖夏祭りウィーク」と称されるイベントを開催し、7月31日~8月5日まで、様々な催しとともに芦ノ湖上で連日花火が打ち上がります(年によって開催場所が異なります)。元箱根湾で開催の場合は、豊月の芦ノ湖棟の各部屋からもお愉しみいただけます。
箱根の九頭龍神社は日本で屈指の九頭龍さま/龍神さまの神社です。龍神さまは水を司るのですが、他には事業発展、縁結びなどのご利益があると言われ、近年は縁結びの神社として、特に女性に人気があります。

箱根大神は父神=瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)、母神=木花咲耶姫命(コノハナサクヤヒメノミコト)、御子神=彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト)の三柱から成り、古より健やかなる家族の象徴です。中世以後、人と人とが約束する時に日本国中の神々の中でもまず最初に名前を挙げられる「誓いの神」としても有名です。また能の大成者世阿弥の作品「班女」の一説には、“夫婦男女のかたらいをお守りくださる有難い神様”である、と謡われており、この信仰は今日に至っています。
こちらで結婚式を挙げる方も多く、縁結びのご利益にあやかろうとたくさんの人で賑わいを見せています(式後のご会食を豊月で行われるお客様も多くいらっしゃいます!)。

九頭龍神社は二つあります 。芦ノ湖湖畔にある九頭龍神社が本宮で、箱根神社境内にある九頭龍神社は新宮(本宮から勧請したもの)という関係になります。
多くのお客様が本宮とともに、箱根神社境内の新宮にも参拝されます。
箱根を巡る旅
数多くの観光名所が点在する箱根。その中でもおすすめの観光スポットをご紹介いたします。豊月を中心とした旅のご企画にお役立てください。